南三陸2回目の視察(後藤伸太郎さんへのヒアリング)

こんにちは。時里充+福留麻里(ときふく)です。

ちょっと時間が経ってしまいましたが、2回目の南三陸ヴァーチャル視察として、毎年7月の荒島神社の夏祭りで舞われる「七福神舞」について、南三陸町議会議員もつとめる後藤伸太郎さんにお話しを伺いました。(3月1日実施)

荒島神社は、1960年のチリ地震の時に本浜地区の神社が合祀され、それ以来、7柱の神様がいらっしゃるそうです。

7柱の神様の中には、もともと荒島にあった弁天岩が含まれていたこともあり、それにちなんで夏祭りの時に「七福神」の舞がはじまったそうです。なので、割と新しい習慣とのこと。

昔から、船乗りの方達が海の神様へお参りする習慣はあって、その習慣を継承して、最初の頃は、水の神である竜神様の船を筆頭に、かがり火やお囃子の船団(10隻くらい!)を出して、海の神様にお参りしていたそうです。七福神様たちは、昼はトラックに乗って町中を回り、本浜の仮設舞台で舞ったり、夜は船に乗ったりしながら、いざ夏祭りの夜には本殿で七福神舞を奉納していたとか。

そんなふうに盛り上がっていた七福神舞ですが、担い手だった子ども達が、だんだん少なくなってきた影響で2010年に一度中断されていたそうです。震災後に後藤さんをはじめ、子供の頃に七福神舞を踊った方々が、舞の記憶についてそれぞれに思い出すことが多かったり、舞によって地域の中でうまれていた繋がりや、受け継がれていることの大切さに改めて思い至り、復活に向けて動き始め、今に至るそうです。(復活後は基本的には大人が舞の担い手とのこと)

「七福神舞」は、踊りそのものは簡単なものだそうですが、神様だから大切に、それぞれ伝えていっていたそうです。基本的には口伝とのことで、舞手によってだんだん微妙に変わってきたりもするそう。

震災後、後藤さんが復活に携わるようになったとき、これまでの舞手のみなさんに聞いたりしながら、振付を起こしていく作業はとても大変だったとのことで、津波に流されてしまったら何も残らない、ということが骨身に沁みたことを経て、もっとしっかりと残す方法を模索した結果、後藤さんの舞を元に、モーションキャプチャーなどでも残しているそうです!

2020年は新型コロナウイルスの影響で、通年通りの開催は叶わず、でも、神様には舞を奉納しようということで、なんと後藤さんが1人で七福神全員分の舞を舞ったとのこと。

噂によると、後藤さんは七福神舞も盆踊りもキレッキレだそう。モーションキャプチャの舞も、ひとり七福神舞も気になりすぎます。生で観る日が待ち遠しいです!

そして、震災を経て改めて後藤さんが感じたという、舞の存在が、地域にとって神事やコミュニティ継承の手段であることや、地域の大人や子どもが寄り合う場として大切なものでもあり、継承しながら新しく作っていきたいというお話しはとても切実で、これから自分たちがこの場所で作品を作っていく上でも覚えておきたいこととして強く心に残りました。

 (5月17日記)

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